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最高裁判所第三小法廷 平成2年(行ツ)39号 判決 1990年7月17日

大阪市阿倍野区長池町二二番二二号

上告人

シャープ株式会社

右代表者代表取締役

辻晴雄

右訴訟代理人弁護士

吉井参也

高坂敬三

同弁理士

西村幹男

杉山毅至

名古屋市瑞穂区桃園町五番一七号

被上告人

旧商号 豊臣工業株式会社

株式会社トヨトミ

右代表者代表取締役

勝又幸治

右訴訟代理人弁護士

金田泉

右当事者間の東京高等裁判所昭和六一年(行ケ)第一号審決取消請求事件について、同裁判所が平成元年一二月二六日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人吉井参也、同高坂敬三、同西村幹男、同杉山毅至の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 園部逸夫 裁判官 坂上壽夫 裁判官 貞家克己 裁判官 佐藤庄市郎 裁判官 可部恒雄)

(平成二年(行ツ)第三九号 上告人 シャープ株式会社)

上告代理人吉井参也、同高坂敬三、同西村幹男、同杉山毅至の上告理由

目次

[まえがき]……1

第一 本件特許発明および各引用例を分析・認定する場合の基準としての出願時の技術水準について……2

一 はしがき……2

二 本件特許発明の出願時の技術水準を示す資料について……4

第二 第一引用例(甲第六号証)の技術の認定を判決が誤つたことについて……9

一 第一引用例の赤熱ネツト筒は、燃焼体であり、単なる赤熱体ではないことについて……9

(一) はしがき……9

(二) 被上告人の原審における自認と無視した認定であることについて……11

(三) ガラスバーナにおいて、金綱が燃焼によつて赤熱される燃焼体として用いられる技術は当業者に周知であり、被上告人も原審においてこれを認めていたことを無視した認定であることについて……15

(四) 判決は、「第一引用例でガスの燃焼が行われるのは……案内筒と赤熱ネツト筒の間隙でない」(判決四九丁裏七行~九行)と認定しているが、科学上あり得ないことについて……19

二 判決四七丁裏五行ないし四八丁表九行について……25

第三 本件特許発明の技術の認定を判決が誤つたことについて……30

一 判決が本件特許発明の解決課題の認定を誤つたことについて……30

二 判決が本件特許発明の新規性のある点についての認定を誤つたことについて……34

第四 第一、第二、第三、第四、第五、第六、第七、第八各引用例に基づいて当業者が容易に発明をすることができたか否かの判断を判決が誤つたことについて……41

一 判決理由……41

二 判決理由について……43

第五 判決が出願時の技術水準を考慮されなかつたことについて……47

第六 判決が八個の引用例全体に基づいて進歩性の判断をされなかつたことについて……48

第七 むすび……50

[まえがき]

原判決には、判決に影響を及ぼすこと明ちかな法令の違背があるから、破棄を免がれないのである。すなわち、原判決には、本件特許発明の新規性はどこにあるか、という認定、第一引用例(甲第六号証)記載の技術の認定について経験則違背があり、ひいて、本件特許発明と第一引用例との対比における誤りによつて、さらに、後述のように他の引用例と綜合して対比しなければならないのにこれらを等閑に付すという誤りによつて、経験則違背、法令違背を犯し、右の経験則違背、法令違背は、特許法第二九条第二項の規定の適用が問題になつている原判決に影響を及ぼすことが明らかである。

以下においては、叙述の便宜上、(1) まず、本件特許発明および各引用例を分析・認定する場合の出願時の技術水準について述べ、ついで、(2) 第一引用例記載の技術の認定、(3) 本件特許発明の新規性の認定、(4) 引用例に基いて容易に発明をすることができたかどうかの判断、その他の事項について、順次述べる。

第一 本件特許発明および各引用例を分析・認定する場合の基準としての出願時の技術水準について

一 はしがき

(一) 特許法三六条三項は「前項第三号の発明の詳細な説明には、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有するもの(上告人注・いわゆる「当業者」)が、容易にその実施をすることができる程度に、その発明の目的、構成及び効果を記載しなければならない。」と定めている。右の規定は、明細書は「当業者」に宛てたものであるから、出願人が明細書を記載して特許庁に提出する場合には、当業者に理解可能なように出願時の技術水準(当業者の技術常識)に基づいて記載すべきことを規定したものである。したがつて、右三六条三項の規定は、明細書を読む者は出願時の当業者の技術水準に基づいて明細書を読まなければならないことを教示しているのであり、これと対比される引用例もまた右特許出願時における当業者の技術水準に基づいて読まれなければならない。この点については、特許法の解釈として異説を見ないところである。

(二) 本件において、「当業者」と目せられるものは、

イ 上告人会社や被上告人会社等において石油ストーブ用バーナの研究開発に従事し、その技術に習熟した者

ロ 大学、その他の研究機関において石油ストーブ用バーナの研究に従事し、その技術に相当習熟した者

ハ 特許庁の担当部門の審査官、審判官

等である。

「当業者」に対応する英語は"skilled person in the art"である。

二 本件特許発明出願時の技術水準を示す資料について

(一)(1) 本件特許発明の対象物は、石油ストーブ用バーナの一種であるガラスバーナである。ガラスバーナとは、内側燃焼体と外側燃焼体の外側に熱透過性のガラスより成る外筒を設ける三重筒の石油ストーブ用バーナである(三重筒の配列は次の図に示すとおりである。)。

<省略>

本件書証のうち、ガラスバーナは次のものである。

イ 第一引用例(甲第六号証)

ロ 第二引用例(甲第二号証)

ハ 第三引用例(甲第三号証)

ニ 第四引用例(甲第四号証)

ホ 第五引用例(甲第五号証)

ヘ 第六引用例(甲第八号証)

ト 第七引用例(甲第九号証)

ちなみに、ガラスバーナ以前にホーローバーナと称せられるものがあつたが、それは、外筒としてホーローびきの外筒を設ける三重筒の石油ストーブ用バーナである(三重筒の配列は次の図に示すとおりである。)。

<省略>

本件書証のうち次のものはホーローバーナである。

チ 第八引用例(甲第一〇号証)

リ 乙第一号証

ヌ 乙第二号証

(2) ところで、ガラスバーナの燃焼状態について、これを総括的に記載した教科書、学術論文は見当らない(ホーローバーナについても同じである)がら、双方当事者は原審において斯かる資料を提出しておらず、したがつて、本件において出願時の技術水準を示す重要なものとしては、次のものがあるだけである(原審は、双方申請の技術に関する証人の申出を採用しなかつた)。

ⅰ 甲第二~第六号証、第八、第九号証の各公報

ⅱ 甲第一〇号証、乙第一、第二号証の各公報(ホーローバーナであるが参考にできる)

ⅲ その他の甲号証

ⅳ その他の乙号証(乙第六号証の谷口義昭の報告書など)

ⅴ 各公報の記載の技術のうち、当事者双方間に争いのない技術

ⅵ 弁論の全趣旨

(二) 右ⅰ~ⅵのうちのⅴについて、それが技術水準を示す一つの有力な資料であることについて、次に述べたい。

石油ストーブの分野では日本のトツプメーカー数社のうちに入つている被上告人と上告人の両社は、技術の上において正に当業者の技術水準に到達しているのであつて、双方間において或る公報の記載について争いのない事実になつたときは、その技術は、とりもなおさず本件特許発明の出願時の技術水準を示すものであると認めるのが相当である。

(本件訴訟において、双方当事者は、技術者的良心をもつて公報を正確に読んでいるとしても、それでも自己に有利に読んでいるとの疑いをかければかけられないことはない。しかし、反面から述べれば、双方の見解の一致しているところは中立的な読み方であると断言できるのである。双方の見解が一致しているにもかかわらず、これを否定するような見解があるとすれば、それは極めて強力な証拠が別にあつて双方の公報の読み方は共に読み違えをしているという立証のある場合丈であろう。)

(三) 右のⅰ~ⅵ等の資料によつて、如何なる技術水準(技術常識)が原審の審理に際して示されているかということは、以下に各論点に関して叙述する際に述べることにするが、本件特許発明ならびに各引用例記載の技術は、右の技術水準に基づいて解釈し、認定されなければならない。これに基づかない解釈認定は合理性を欠くものと言わねばならない。

第二 第一引用例(甲第六号証)の技術の認定を判決が誤つたことについて

一 第一引用例の赤熱ネツト筒は、燃焼体であり、単なる赤熱体ではないことについて

(一) はしがき

判決は、審決が本件発明の外側燃焼体の中央部及び上部と第一引用例の赤熱ネツト筒が共に燃焼体である点で共通する旨認定したのに対して、右の共通点についての認定判断は誤りであると判決している。

しかしながら、判決の右の判断は、一つには、第一引用例の技術的意義を正当に理解しなかつたことに由来している。

第一引用例の技術的意義を把握する上において、まず、判決は、第一引用例の赤熱ネツト筒は燃焼体を構成しないものである(判決五〇丁裏二行、三行)とし、この点について次のとおり認定している。

a 赤熱ネツト筒は、燃焼体を形成せず、かつ燃焼部の上に載置され、燃焼部から上昇した高温の燃焼ガスによつて赤熱される赤熱体にとどまる(判決四九丁表六行~九行、四七丁裏三行~五行)。

b 「放熱ネツト筒6の炎導筒側の表面で燃焼を行なわせることができる」(甲第六号証二欄三六行~三八行)とは、燃焼部における燃焼のあとに未燃焼ガスの残ることも避けられないことから、補足的にこの未燃焼ガスを燃焼しつくすことを意味する(判決四八丁表六行~八行)。

c 第一引用例でガスの燃焼が行われるのは、外炎筒と内炎筒の間隙であつて、その上に載置される案内筒と赤熱ネツト筒の間隙ではない(判決四九丁裏七行~九行)。

しかしながら、案内筒3'と赤熱ネツト筒6との間隙では燃焼が行われないのであり、赤熱ネツト筒は燃焼体を構成しないという判決の認定判断は、次の諸点に照せば当業者の目から見て、甚だしい事実誤認であり、経験則に違反する認定であると言わねばならない。

以下、項を改めて、順次、右の点について述べる。

(二) 被上告人の原審における自認を無視した認定であることについて

原審における原告第一一回準備書面(昭和六三年一〇月二〇日付)には、第一引用例(甲第六号証)のガラスバーナの燃焼状態について、被上告人(原告)は、次のとおり分析し説明している。

イ 燃焼部の上部では更に熱分解と酸化反応が促進してメタンや一酸化炭素ガスとなり、燃焼部の上端及び燃焼部の上段に形成した赤熱部(再燃焼部)で炭酸ガスと水に分解する(四頁一〇行、一二行)

ロ 燃焼部の上段に配置された赤熱部はこのメタンや一酸化炭素の燃焼により加熱されて赤熱する(五頁一一行、一二行)

ハ 燃焼部の上段に配置された赤熱部(再燃焼部)において燃焼するガスはメタンあるいは一酸化炭素である(七頁一一行、一二行)

右のイ、ロ、ハの分析・説明は、第一引用例の赤熱ネツト筒において、正に「メタンや一酸化炭素の燃焼が行われている」ことを被上告人(原告)が自認していることを示している。

つまり、案内筒と赤熱ネツト筒の間隙で燃焼状態にあることは争いない事実になつているのである。

被上告人(原告)が右のように主張する前は、甲第六号証の赤熱ネツト筒6では燃焼が行われておらず、排気ガスの余熱で赤熱されると主張していた(原告第四回準備書面四丁裏七行~一三行、第五回準備書面三丁裏一行~三行)のであるが、上告人(被告)から被上告人の主張に合理性が欠けることを指摘されて燃焼状態の分析・説明を変更して右のように自認するに至つたのである。

然るに、判決は、被上告人が自認し当事者間に争いない事実になつていることを無視して、独自の見解によつて明細書(甲第六号証)を解釈した。

燃焼は燃焼部で行われるのであつて赤熱部においては燃焼は行われないという判決の判断(前記a、b、c)は、被上告人(原告)の当初の主張をそのまま採用し、変更後の被上告人の主張によつて当事者(前記のように当業者である)間において争いない事実を無視したものである。被上告人(原告)の右の主張の変更は、燃焼状態が問題になつている本件事件の審理において極めて重要な変更であるが、このような変更を被上告人(原告)が余儀なくされたのは、上告人(被告)の主張する赤熱ネツト筒において燃焼するという甲第六号証に対する理解が、当業者の技術常識に従えば自然法則に照して正当であると被上告人(原告)が認めたが故に、甲第六号証の読み方を正しい方向に軌道修正したためである。この軌道修正は上告人に言わしめれば不十分なものであつたが、燃焼が行なわれていることを自認した上においては正しい方向に向つたものである

(なお、原審において陳述されなかつた被上告人の第一四回準備書面八頁七行においても「赤熱部では燃焼が行われるにしても右<4>の過程が行われる」と述べている。ところで、右<4>の過程とは、同準備書面四頁九行に記載のように「可燃ガスが燃焼して水と炭酸ガスが生成される」過程であり、正に燃焼そのものが行われるのである)。

当業者である被上告人が出願時の技術水準で甲第六号証を読んだ結果が、同じく当業者である上告人の主張と一致した事実は、何よりも重視されて然るべきものである。

(三) ガラスバーナにおいて、金網が燃焼によつて赤熱される燃焼体として用いられる技術は当業者に周知であり、被上告人も原審においてこれを認めていたことを無視した認定であることについて

(1) 本書末尾添付の第一目録に示すように、第五、第六、第七引用例(甲第五、第八、第九号証)の金網の個所が燃焼部に当ることを被上告人(原告)は認めており、上告人 (被告)も同じ見解であつて、争いない事実になつている。

ところで、被上告人は、前記のように、第一引用例(甲第六号証)の赤熱ネツト筒と案内筒の間隙についても、そこで燃焼状態にあることを認めているのであるが、判決は第一引用例の該箇所は燃焼部でないと認めた。判決の右の認定は、甲第五、第八、第九号証によつて示され双方間に争いのない事実になつている出願時の技術水準を無視して第一引用例を解釈する誤りを犯したことにもなるのである。また、第一引用例の場合のみを異別に取り扱うというのであれば、それ相当の理由づけが示されねばならないと考えられる。

(2) 甲第五、第八、第九号証のみならず、三重筒の石油ストーブ用バーナが全体形状において、ほぼ近似していることを注意しなければならない。上告人は原審に提出した第六回準備書面に「参考図」(「第二目録」として添付する)を用意し、出願時の技術水準に関係づけて次のとおり主張したが、この視点を忘却して、独り第一引用例は例外であるとの認定は、説得力を有しないと評するほかない。

「三重筒の形状に則して述べれば、石油バーナの三重筒においては、その殆どのものにおいて、下方約三分の一が小孔を設けたパンチング板が用いられ該個所はほぼ同じ形状に作られているのであるが (別紙参考図-第二目録-参照)、そこでは熱分解を伴う部分酸化燃焼が行われているが、その発熱は熱分解にも用いられるので該個所の温度は上りにくい。したがつて、該個所の燃焼体は充分に赤熱しないので、むしろこれを隠す必要があり、透明のガラスを用いないのである。これに対して、該個所に続く燃焼体の中央部ならびに上部においては発熱酸化であるから、燃焼体としては種々のものが用いられている。特に外側燃焼体としては、材料として、金網、ラス、パンチング板等が、また孔の大きさも種々のものが用いられている。このことは、本件特許発明と甲第六号証のものでも同じである。」(被告第六回準備書面六頁七行以下)

なお、機械に関する発明の明細書と共に特許庁に提出される図面は、当該発明の研究開発に供した機械器具の形状(プロポーション)を比較的正確に図示するのが通常であると言われている。別紙第二目録(参考図)の各図面についても、右のことが当てはまると考えられる。

(四) 判決は、「第一引用例でガスの燃焼が行われるのは………案内筒と赤熱ネツト筒の間隙でない」(判決四九丁裏七行~九行)と認定しているが、科学上あり得ないことについて

(1) 前記のように、判決の認定するところによれば、「第一引用例」でガスの燃焼が行われるのは、外炎筒4と内炎筒3の間隙であつて、その上に載置される案内筒と赤熱ネツト筒の間隙ではない」というのであり、また赤熱ネツト筒の表面の燃焼は補足的であると認定している。

しかしながら、燃焼の過程には“主たる”と“補足的”との区別はない。炎を見たとき、どこが主たる燃焼で、どこからが、“補足的”燃焼であろうか。しかも、第一引用例(甲第六号証)の公報の図面に明記されているように、案内筒3'(本件特許発明の内側燃焼体)には多数の小孔が図示され、しかも空気流入を示す矢印が付されているのであつて、案内筒3'と赤熱ネツト筒6の間隙において燃焼が行われることは明らかである。さらにまた、判決の認定するように、補足的にせよ赤熱ネツト筒の外表面において燃焼が行われるときにおいて、赤熱ネツト筒の内側(赤熱ネツト筒と案内筒との間隙)において燃焼が行われないというようなことが科学上あり得ることであろうか(前記のように、案内筒の小孔からの空気流入があるばかりでなく、燃焼ガスは全て内外炎筒3・4間上端から案内筒3'と赤熱ネツト筒6との間隙内に上昇し、その後、一部が赤熱ネツト筒の網目を通して炎導筒7側へ流出するのである。つまり、一部は案内筒3'と赤熱ネツト筒6との間隙内で燃焼するのである。)。まして、第一引用例の公報の図面には、案内筒3'の上方に「拡炎板11」が設けられているのであつて、その高さまで炎が上昇しているのである。

(2) 判決の認定するように、第一引用例において内炎筒3と外炎筒4との間隙で燃焼が行われ、その上に載置される案内筒3'と赤熱ネツト筒6との間で燃焼が行われないとすれば、そのような場合に赤熱ネツト筒の赤熱状態がどのようになるかということが分れば、判決の認定が正当であるか否かを判別するための一つの証左となると考えられる。

そこで、甲第六号証の図面に近似のバーナ(外側燃焼体は金網である)を特別に試作して、それをシヤープHSR三四W型石油ストーブに載置して、燃焼が赤熱ネツト筒部分においても行われるものと、燃焼が赤熱ネツト筒部分において行われないものとの二つの場合(芯の高さが異なる二つの場合)について燃焼状態を撮影した。それが第三目録に貼付した写真であるが、燃焼が赤熱ネツト筒部分において行われないものは、赤熱ネツト筒は赤熱されないままであつて到底ガラスバーナとして役立たないものであることは、説明を要せずして明らかである。判決によると甲第六号証の場合には赤熱ネツト筒の外表面で補足的に燃焼するという補足部分があるというのであつて(そのようなことは起り得ないが)、右の写真の場合とその点において異なるが、仮りに補足的燃焼があるとしても、実用的に役立つ程の赤熱状態になることは無理であることは容易に推測することができる。

(3) 第一引用例の赤熱ネツト筒の温度は、甲第六号証公報には具体的に記載されていないが、ガラスバーナとして役に立つものとして発明されたのであるから、約八五〇℃に達していることは明らかである。つまり、黒い状態ではなく、赤熱した状態である。

右のことは、第一引用例が発明として成立しているのであるから自明のことに属するのであるが、前示の第二~第八引用例を見ても明らかである。

イ 第二引用例(甲第二号証)

「すぐれた暖房効果が得られる」(二欄二九行)

ロ 第三引用例(甲第三号証)

第3図によると、九〇〇℃近く達している。

ハ 第四引用例(甲第四号証)

「表」によると、八二三℃~八八七℃に達している。

ニ 第五引用例(甲第五号証)

「表」によると、従来品は八五〇℃であり、第五引用例では九三〇℃に達している。

ホ 第六引用例(甲第八号証)

「均一で良好な赤熱が得られ完全燃焼が行なえる……良好な暖房が得られる」(四欄三行ないし五行)

ヘ 第七引用例(甲第九号証)

「八五〇℃程度の赤熱温度が得られ」(五頁右欄二六行)

右の次第であるから、第一引用例の赤熱ネツト筒と案内筒の間隙において燃焼していることは容易にわかることである。

(4) 判決が「第一引用例でガスの燃焼が行われのは、外炎筒4と内炎筒3の間隙であつて、その上に載置される案内筒3'と赤熱ネツト筒6の間隙ではない」との認定をされた唯一の根拠は、甲第六号証の次の文言であるとみざるを得ない。

「灯心2に給油し点火すると、灯油は気化し、内、外淡筒3、4に設けた多数の小透孔から必要空気を取り入れ間隙15内で完全燃焼する。そこで完全に燃焼した燃焼ガスは………」(甲第六号証二欄一七行~二一行)

右の「完全燃焼」なる文言は、気化ガスの一部の完全燃焼を意味するに過ぎないものであつて、この点については、審決六丁裏一六行ないし七丁表一の行に記載されている趣旨が正しい理解に基づく見解であることは、当業者なら前述の出願時の技術水準(技術常識)によつて容易に判断できる事柄である。

二 判決四七丁裏五行ないし四八丁表九行について

(一) 判決は、第一引用例(甲第六号証)の次の文言、すなわち、

「なお、炎導筒7は外筒5の径に比べ大径であるため、外炎筒4と外筒5との間から流入した二次空気は、ここで圧力が弱められるため、間隙18の内圧より間隙17(7とあるは誤記)の内圧が大きくなり、放熱ネツト筒6の炎導筒側の表面で燃焼を行なわせることができる。」との記載(二欄三四行ないし三八行)

「基本的機能として完全燃焼を行わしめるために設けられた燃焼部における燃焼のあとに未燃焼ガスの残ることも避けられないことから、補足的にこの未燃焼ガスを燃焼しつくすことを意味する」(判決四八丁表五行~八行)

と理解するのが合理的である理由として、次の三つの事由を挙げる。

a 「なお書き」であること

b 「燃焼を行なわせることができる。」との表現が用いられていること

c ネツトの隙間の大小について特段の記載がないこと

(二) 右のa、b、cの事由は、補足的に未燃焼ガスを燃焼しつくすことを意味すると理解すべきであるとする合理的事由とは到底考えられない。次にこの点について、上告人の見解を述べる。

(1) 前記aについて

「なお書き」であるから補足的であり、付け足しであると認めるべきでないことは言うまでもない。

一般的に述べるならば、「なお書き」の部分は、そこで主題になつている叙述と比べて単に付け足しであつて、書いても書かなくてもよい事項である場合があることを、上告人はこれを否定するものではない。しかしながら、そこで主題になつていることを更に敷延するために記載されることも多い。それが前者の場合であるかそれとも後者の場合であるかということは、当該「なお書き」に書かれている事項と、前後の文脈によつて決まることであり、「なお書き」であるということによつて、それは補足的であり、付け足しであると言うことになるのではない。

判決が指摘する第一引用例(甲第六号証)の前記「なお書き」は後者の場合である。右の「なお書き」は、赤熱ネツト筒が赤熱する理由を詳しく説明するための記載であり、考案の最も大事な事項の説明であつて、燃焼そのものを説明していることは、記載の内容からして明らかである。もし、判決の認定するように、補足的に未燃焼ガスを燃焼しつくす燃焼であるというのであれば、明細書に記載する必要もないことであり仮りに記載するならば、そのような補足的な燃焼であることを明記する筈である。

(2) 前記bについて

「燃焼を行わせることができる」との文言が、燃焼が補足的であることを示すものであるとは到底考えられない。むしろ、甲第六号証の場合は、そこに述べられている燃焼を強調していると解せられる。

(3) 前記cについて

判決は、明細書(甲第六号証)にネツトの隙間(「網目」の意味に解する)の大小について特段の記載が無いことが、赤熱ネツト筒の外表面における燃焼を補足的であると認める理由として挙げているが、これもまた理解しがたい理由づけである。

石油ストーブ用バーナにおいて、燃焼状態を良好にするための一つの手段として小孔に大小を設けて適宜設定することは技術常識である。第三、第四、第八引用例(甲第三、第四、第一〇号証)にその例を見ることができる。一方、孔の大きさについて論じられていないからといつて、当該部分において燃焼が行われていないと断定できないことも明らかであつて、被上告人が燃焼部であることを認めている第五、第六、第七引用例(甲第五、第八、第九号証)の金網ないしラス板もしくはパンチングメタルについて、それらの明細書に網目ないし孔の大小が論じられていないことによつても明らかである。

第三 本件特許発明の技術の認定を判決が誤つたことについて

一 判決が本件特許発明の解決課題の認定を誤つたことについて判決理由(四三丁裏三行ないし四四丁表一行)によれば、判決は、本件特許発明の明細書の記載の数個所を指摘したうえ、本件特許発明の解決課題につき、次のとおり認定している。

「右の明細書の記載と当事者間に争いのない特許請求の範囲の記載を綜合すると、本件発明は、燃焼体自体を赤熱させ、そこで発生する熱線が透過体を透過して採暖する石油ストーブ用バーナの改良を目的とし、かつ従来通常金網で構成され、燃焼部からの高温ガスによつて赤熱させるにすぎない赤熱体とは機能的ないし作用的に別個なものとして「多孔板からなる燃焼体」を認識しなうえ、この多孔板からなる燃焼体の構成を工夫することによつて燃焼状態を改良して外側燃焼体の赤熱状態を向上させようとした点に特徴のある発明であることが理解される。」(傍点は、上告人が付した)

しかしながら。判決が本件特許発明の解決課題の出発点として掲げたこと、すなわち

“従来のガラスバーナ(従来のものとは本件特許発明と同じ範畴に属するガラスバーナのうちの従来品を指すと解される)は赤熱体を有していたが、それは該個所における燃焼ではなく燃焼部における燃焼の結果発生した高温ガスによつで赤熱されるものであつた”

という趣旨は判決が引用した明細書(判決四二丁表八行~四三丁裏二行)のどこにも記載されていない。

判決は、本件公報(甲第一号証)の二欄七行~二〇行の記載を根拠としているようであるが、そこには「透過板に近い外側燃焼板を金網で構成する」ものが記載されているのである。つまり、右明細書の記載によつても、金網は高温ガスによつて赤熱させる赤熱体と通常は認識されているのではなく、多孔板と同様に燃焼によつて赤熱される燃焼体と認識されているのである(本件特許発明の出願前に金綱を燃焼体とするガラスバーナの技術が存在していたことを被上告人もこれを肯認していることについては、前述のとおりである。第三、第五、第六、第七各引用例-甲第三、第五、第八、第九各号証-参照)

換言すれば、甲第一号証一欄三三行から二欄二七行(特に、二欄二二行、二三行)に記載されているところから明らかなように、本発明者は金網よりなる燃焼体を備えたガラスバーナの改良を断念して多孔板よりなる燃焼体を備えたガラスバーナの改良の途を選んだというのである。つまり、既存の多孔板よりなる燃焼体の改良が発明の課題であつて、金網より成る燃焼体のガラスバーナは右の課題を選定する動機に過ぎないのである。

しかして、判決は、「従来、通常金網で構成され、燃焼部からの高温ガスによつて赤熱させるにすぎない赤熱体とは機能的ないし作用的に別個をものとして「多孔板からなる燃焼体」を認識したうえ」と記載している。右の「機能的、作用的に別個のもの」という言葉は、判決のように先行技術として金網が赤熱体に過ぎないものを前提にするか、或は先行技術として金網ないし多孔板(パンチングメタル)が燃焼体を構成するものを前提にするかによつて、その意味内容が異なつてくる。また、それに伴い「多孔板からなる燃焼体の構成を工夫する」(判決四三丁裏九行、一〇行)という表現の意味内容も異なつてくる。

右のように判決は、本件特許発明の解決課題を取り違えているのであるが、この部分の判決の言葉によつて、はや、本件判決の帰趨が目に見える思いがするのである。

二 判決が、本件特許発明の新規性のある点についての認定を誤つたことについて

(一) 判決は、通常金網で構成され燃焼部からの高温ガスによつて赤熱させるにすぎない赤熱体とは機能的ないし作用的に別個なものとして「多孔板からなる燃焼体」を認識したうえ、この多孔板からなる燃焼体の構成を工夫することによつて燃焼状態を改良して外側燃焼体の赤熱体の赤熱状態を向上させる目的を達成するため、本件発明は次の構成、すなわち、

「透過体6に近い外側燃焼体4の中央部及び上部に形成する小孔4'は、外側燃焼体4の下部の小孔4'及び内側燃焼体5の小孔5'より大きく、かつ燃焼ガスの一部が外側燃焼体4の透過体6側外表面で燃焼することに適当な大きさに設定」する構成(上告代理人注、以下においては、「孔に大小を設け、かつ適当な大きさに設定する構成」という)

を採用し、次の二つの作用効果を招来したと認定している。

第一の作用効果(判決四四丁表九行~同裏三行)

多孔板からなる「外側燃焼板4の中央部及び上部の小孔4'は他の小孔より大きくしたから流路抵抗は非常に小さく、透過板6と外側燃焼板4との間隙のドラフトが、燃焼板4・5間隙のドラフトよりほんの少し強くなれば混合ガスが容易に外側燃焼板4の透過体6側に流出し、引火燃焼を開始」する(五欄三八行~末行)、

第二の作用効果(判決四四丁裏三行~八行)

「外側燃焼板4は多孔板で構成され、金網の様に表面に凹凸がないから燃焼炎が燃焼板4表面からリフテイング(炎が炎口から浮き上がる現象)することなく、燃焼板4の表面に付着して燃焼が行なわれる様になり、燃焼ガスと炎に触れて外側燃焼板4は外表面から加熱されるようになる」(六欄一行ないし六行)

(二) 右のように、本件発明が「孔に大小を設けかつ適当な大きさに設定する構成」を採用したことによつて、流路抵抗の減少に伴う引火燃焼の状態と本件発明のリフテイングしない状態を招来したという説明は、明細書の文言を綴り合せれば、このように文章化することも出来、このような文章化がなされると、右のすべてが本件発明によつて、初めて実現されたかの如く誤解を与えるおそれがある。

しかしながら、

ⅰ 石油バーナにおいて流体の流れを決定するものはドラフトであるけれども、小孔を他の小孔より大きくして流路抵抗を少なくして流体の流れを容易にすることは、当業者にとつて周知の技術であり、流体の流れの方向は異なるが、第二、第三、第四、第八引用例(甲第二、第三、第四、第一〇号証)において石油バーナに適用されている(流体の流れの方向は、第二、第三、第四、第八引用例においては外側燃焼体の外方から内方であるのに対して、本件特許発明においては内方から外方である)。

この点について、判決は、第二、第三、第四、第八引用例のものは、いずれも外側燃焼体の外表面に付着して燃焼させようとするものではないから、それらの小孔の大きさ、開口面積および小孔の大きさの比率等を検討しても、これらは本件発明と第一引用例記載のものとの相違点の判断のための根拠となり得るものではないと判示している(判決五一丁表一行~同裏二行)。

しかしながら、本件発明と第一引用例との対比の上において、第二、第三、第四、第八引用例が参酌されるべきである理由は石油ストーブ(第二、第三、第四引用例はガラスーナであり、第八引用例は、ホーローバーナである)において、流体の流れの容易化のために孔の大小を調整すべきことが右の各引用例に示されているためである。そうであるから、右各引用例のものは「いずれも外側燃焼体の外表面に付着して燃焼させようとするものではないから、それらに記述された小孔の構成も、本件発明と同じ目的ないし課題の達成のために採用されたものとはいえない」(判決五一丁表一行~九行)という理由によつて本件発明と第一引用例との相違点の判断のため役立たないものであるとした判決は、見当外れであると言わねばならない。

ⅱ リフテイングさせないで燃焼させることも当業者の技術常識である。パンチングメタル(多孔板)を外側燃焼体として採用し、その外側面で燃焼させる第五引用例(甲第五号証)のものは、リフテイングさせないで燃焼させているものである。また、金網を外側燃焼体として採用し、その外側面で燃焼させる第五引用例、第一引用例、第六引用例(甲第五号証、甲第六号証、甲第八号証)のものも、リフテイングさせないで燃焼させているものである。リフテイングさせないことは石油ストーブ用バーナの基本的条件であつて、右各引用例のものも実験により発明を完成するに当り右の基本的条件を満足させているとみるべきものである。

判決は、「多孔板」はリフテイングさせない要件であると認定しているけれどもリフテイングは小孔からの燃焼ガスのスピードと燃焼速度との関係で決まるもので(乙第五号証)、燃焼体の凹凸の有無は要件ではない。これは金網でもラス板でも小孔(網目)が炎口として作用することが記載されていることからも明らかである(甲第三、第九号証参照)。リフテイングさせないようにすべきことは、多孔板についても金網についても昔から(本件発明の出願前から)当然のことであるのである。

右ⅰⅱのとおりであるから、本件発明は、従来存在した多孔板で外燃えのものを前提として、多孔板の孔に大小を設けその多孔板の中央部および上部の小孔のすべてにリフテイングを伴わないで均一に引火燃焼するよう右小孔を適当な大きさに設定したことに新規性があると認めるべきものである。

第四 第一、第二、第三、第四、第五、第六、第七、第八各引用例に基づいて当業者が容易に発明をすることができたか否かの判断を、判決が誤つたことについて

一 判決の理由

判決は、第一引用例の金網は、燃焼には関係がなく単なる赤熱体であるのに対して、本件発明の外側燃焼体の中央部および上部は燃焼体であつて両者は全く異なるものであるとの基礎にたつて、燃焼体における外燃えは、小孔の大きさが問題にならない赤熱体の外燃えとは技術的に異なつたものであるから、「第一引用例には本件発明の特徴的な技術思想を示唆する記載はなく」、甲第二、第三、第四、第一〇号証記載のものは外燃えではないから「それらに記載された小孔の大きさ、開口面積及び小孔の大きさ等の比率等を検討しても、これらは本件発明と第一引用例記載のものとの相違点の判断のための根拠となり得るものではない」、また「前記各引用例における記述から本件発明における前述のような作用効果も到底予測し得ないものと認められる」(判決五〇丁裏末行~五一丁裏四行)との判決理由を示している。

二 判決理由について

(一) しかしながら、前記のように第一引用例の技術の認定に誤りがあり、さらに本件特許発明の技術の認定に誤りがある以上、必然的に判決の進歩性についての判断も正当ではない。

すでに述べたところからして、進歩性の判断について誤りがあることは自ら明らかであるが、この点について次に項を改めて述べる。

(二)(1) 三重筒からなるガラスバーナにおいて(ホーローバーナも同じである)芯から蒸発した石油成分(可燃ガス)が完全燃焼してしまう燃焼過程は同じである。本件発明も第一引用例も(その他第二ないし第八引用例も)、内外燃焼体の下部、中央部、上部の全体の筒状部分で完全燃焼するのであり、ガラスバーナにおいては外側燃焼体の中央部および上部が透過体(ガラス部分)に対応している。

右の燃焼過程において、ほぼ同じ燃焼現象を呈するのであつて、第一引用例のように赤熱ネツト筒の外表面で燃焼させる技術と本件発明のように多孔板の外表面で燃焼させる技術との間には、三重筒の下端から上端までの全域において燃焼させるということについては差異をみないのである。本書面末尾添付の第二目録記載の多数の引用例を見るだけでも右の点は当業者に周知の技術であることは明らかである(上告人は、第一目録において、第二目録記載の引用例のうち第五、第六、第七引用例について被上告人もこれを認めていることを明らかにした。なお、前記のように被上告人は第一引用例について原審の審理の当初の時期においては、燃焼は内外燃焼体の下部においてのみ燃焼が行われる旨主張していたが、後になつて中央部および上部においても燃焼が行われることを認めたのである)。

右の点については、本件公報(甲第一号証の四欄一一行~一五行)によつても、金網と多孔板とでは異なるところがあると言つているのではないのである。

(2) 判決は、本件発明の外側燃焼体の中央部および上部の多孔板と第一引用例の赤熱ネツト筒との技術上の関連性を無視したのであるが、第五引用例(甲第五号証)のものが外側燃焼体の中央部および上部を構成する赤熱筒が多孔板であつて外燃えのものであること(前記のように、双方当事者間に争いがない-第一目録)を参酌すれば、多孔板からなる本件発明の外側燃焼体は従来技術に属するものであることが容易に分るのである(本件発明の多孔板と甲第五号証の多孔板の相異点は、甲第五号証のものには孔の大小について言及されていないのに対して、本件発明のものには、孔の大小についての記載があるという点だけである)。

(3) 後にも述べるが、判決は本件発明の進歩性有無の判断をするに際して、第一引用例との関係についてのみ判断をなし、何故か他の引用例を殆んど全く無視している。唯一の例外は判決五一丁表と同裏四行に記載されている事項である。

(4) しかも、判決の甲第二、第三、第四、第一〇号証を見る視点は、本件発明の進歩性を判断する上において正当でないと言わねばならない。すなわち、判決は、甲第二、第三、第四、第一〇号証に記載のものは、いずれも内燃えのものであるから、外燃えである本件発明の進歩性を検討する上において根拠とすることはできないとの見解に立つている(判決五一丁表一行~同裏二行)。しかしながら、右の甲号各証によつて、内燃えの場合において燃焼状態を良好にするためには孔に大小を設けて調整を図る方法(内外の圧力差なども関係する)のあることが当業者の技術常識になつていることが分るのである。そして、また、当業者にとつては、孔に大小を設けることは流体の流れに影響を及ぼすものであることは自明であつて、右のように孔に大小を設けることによつて燃焼状態を調整する方法が外燃えの場合に適用可能のものであることは当業者なら極めて容易に思いつくことである。

(5) 本件発明の特徴は、前記のように多孔板の外燃えに際して、その燃焼状態を良好ならしめるため甲第二、第三、第四、第一〇号証の記載(そこに開示されている技術常識)の燃焼方法の調整方法を導入したものである。このように考えられるから、甲第二、第三、第四、第一〇号証は、本件発明の進歩性の判断に密接な関係を有するものである。

第五 判決が出願時の技術水準を考慮されなかつたことについて

原判決が、本件発明の明細書(甲第一号証)あるいは第一引用例の明細書(甲第六号証)について言及されるに際して、出願時の技術水準を考慮されなかつたことについては、既に述べたが、そのことは原審において書証として提出された各公報(それは引用例である場合においても、そこに記載されている技術事項は技術水準を示すものである)を証拠として引用されることが殆んどなく、また燃焼につき相当詳しく述べている乙第六号証の報告書を無視されたことにも現われている。また、甲第六号証の燃焼状態について原告が被告の主張に対応するため、その主張を変更されたこと(それは弁論の全趣旨にも当る)も採り上げられなかつたことにも現われている。

第六 判決が、八個の引用例全体に基づいて進歩性の判断をされなかつたことについて

審決が審理判断した事項は、第一~第八引用例との関係において本件発明が進歩性を有するか否かという事項である。しかるに原判決は、第一引用例と、第二、第三、第四、第八各引用例に基づいて本件発明が進歩性を有するか否かの事項について審理判断をされたに過ぎないのであり、第五引用例、第六引用例、第七引用例との関係において進歩性の判断をされなかつた。

あらためて述べるまでもなく、複数個の引用例に基づく進歩性の判断は、右複数個の引用例全体との関係において決めるべきものであつて、一部の引用例との関係において決めるべきものではない。特許法第一七八条第一項の規程に基づく審決取消訴訟について、最高裁判所が昭和五一年三月一〇日言渡された大法廷判決は、一般行政訴訟に比べて審決取消訴訟の審理判断の対象について限定のあることを明らかにしたものであるが、同時に、同判決は、審決が審理判断の対象とした引用例との対比における特許無効原因に関する事項は全面的に東京高等裁判所の審理判断に服すべきことを明らかにしたもと解されるが、同判決の趣旨とするところによれば、複数個の引用例に基づく進歩性の判断が審理の対象となつている審決に対する取消訴訟においては、複数個の引用例全体との関係において審理判断をすべきものである。

右のとおりであるから、この点においても審理不尽、判断遺脱があり、それは原判決に影響を及ぼす重要な事項にかかる。

第七 むすび

原判決は、

審決における本件発明と第一引用例記載のものとの共通点の認定判断は、本件発明における基本的な技術事項についての誤つた理解に基づくものであり、これがその後の相違点についての判断の誤りを招来し、ひいては、審決の結論をも誤らせていることは、当事者間に争いのない前記審決の理由の要点における記載から明らかである。したがつて、審決は、違法として取消しを免れない」(判決五一丁裏五行~五二丁表一行)

との判断を示された。

しかしながら、原判決は出願時の技術水準を考慮されることなく経験則違背に出たものであり、特許法第二九条第二項の規定を誤つて適用しており、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令違背がある。

また、八個の引用例全体との関係において進歩性の判断をされなかつたという審理不尽、判断遺脱によつて特許法第二九条第二項の規定を誤つて解釈適用しており、この点においても、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背がある。

よつて、原判決は破棄されるべきものである。

以上

(添付写真省略)

第一目録

イ 第5引用例(甲第5号証) <省略> 第6引用例(甲第8号証) <省略> 第7引用例(甲第9号証) <省略>

ロ 審決の認定 外側燃焼体の中央部及び上部を構成する赤熱筒(金網、ラス網、パンチングメタル等で構成)の個所を燃焼室と認めている (判決九丁裏~一〇丁表一行) 外側燃焼体の中央部及び上部を形成する赤熱筒を金網で構成することを認めている。 (判決一一丁裏五行~七行) 外側燃焼体の中央部及び上部を形成する赤熱筒を金網で構成することを認めている。 また、外側燃焼体の中央部及び上部をパンチング板(多孔板)で形成するものがあることを認めている。 (判決一二丁表三行~同裏四行)

ハ 被上告人(原告)の審決の認定に対する認否 次に指摘する点の認定を争い、その余は認める。 (判決二二丁表末行~同裏一行) 争っているのは、判決二四丁表五行~一〇行 次に指摘する点の認定を争い、その余は認める。 (判決二二丁表末行~同裏一行) 争っているのは、判決二五丁表六行~同裏三行 次に指摘する点の認定を争い、その余は認める。 (判決二二丁表末行~同裏一行) 争っているのは、判決二五丁裏四行~ 二六丁表四行

ニ 被上告人(原告)の見解 (ロおよびハによる結論) (1)外側燃焼体の中央部及び上部を構成する赤熱筒(金網、ラス網、パンチングメタル等で構成)の個所は燃焼室である。 (2)金網と多孔板(パンチングメタル)を同列に扱っている。 (1)放熱筒と赤熱筒との間の間隙および赤熱筒と内炎筒との間の間隙の双方で燃焼が行われている。 (2)ただし、外側燃焼体(赤熱筒)の外表面で燃焼を行わせることについての記載はない。 金網は燃焼筒である。(判決二六丁表三行)

ホ 上告人(被告)の見解 (1)(2)とも、被上告人の見解と同じである。 (1)は、被上告人の見解と同じである。 (2)については、上告人の見解では、外側燃焼体(赤熱筒)の外表面で燃焼が行われている。 上告人の見解と同じである。

第二目録

参考図

甲第1号証

<省略>

甲第2号証(第二引用例)

<省略>

甲第3号証(第三引用例)

<省略>

甲第4号証(第四引用例)

<省略>

甲第5号証(第五引用例)

<省略>

甲第6号証(第一引用例)

<省略>

甲第8号証(第六引用例)

<省略>

甲第9号証(第七引用例)

<省略>

<省略>:黄色は燃焼体の内の下部を示す。

<省略>:桃色は燃焼体を示す。

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